それは大阪から始まった〜住民投票がもたらした政治の荒廃|帝塚山学院大教授・薬師院仁志さん【前編】

連続インタビュー

大阪都構想や維新政治をめぐり、検証し批判するさまざまな識者や市民の皆さんへ、立憲民主党大阪府連がインタビュー。

第2回は、帝塚山学院大学教授の薬師院仁志さんに、尾辻かな子衆議院議員がお話を伺いました。

薬師院さんは3年前の住民投票をはじめ、さまざまな場面で都構想や維新政治の問題点について発信して来られました。

※このインタビューは、2018年6月17日に行いました。

大阪はポピュリズム政治の出発点?

尾辻かな子衆院議員(以下、尾辻)
改めて、あの住民投票は何だったのか、そして都構想やこれまでの維新政治を検証する必要があると思います。

薬師院さんは当時の住民投票を振り返って、どのような思いを持たれますか?

薬師院仁志さん(以下、薬師院)
住民投票を目前に控えた当時、私たちもシンポジウムをしたり、街頭に立ったりして、反対を訴えました。

その時よく説明していたのは、これが可決されると「大阪市はなくなります」ということでした。しかし本来、これは争点ではありません。

「大阪市がなくしたら良くなるか否か」、これが本来の争点のはずです。しかし大阪市がなくなるという事実を大阪維新の会があえて曖昧にしたために、私たちは「大阪市はなくなります」であるとか「大阪府はそのままで、都にはなりません」であるとか、争点以前の話ばかりせざるをえなかったように思います。もどかしく感じていました。

尾辻
大阪市がなくなったらどうなるか、という論争をしなければいけなかったのに、そこまで議論が深まらず、都構想の何が事実かの論争に終始したということでしょうか。

立憲民主党大阪府連「都構想」ポータル・薬師院仁志さんインタビュー

住民投票の投票用紙。
「大阪市を廃止する」旨の記述がない。

薬師院
大阪市を廃止するということですら、多くの市民は知りませんでした。

尾辻
住民投票の投票用紙には、「大阪市を廃止」とは書いていませんでした。

薬師院
都構想のPRビデオでは、住民投票で可決した瞬間から都構想になるというような言い方もされていました。行政手続きなどの話は一切なしで、「大阪都構想で大阪の問題はすべて解決する」という勢いでした。

尾辻
そんなわけないんですけどね。法定協議会の協定書案が賛成か反対かを問うものであって、手続きは条例などをつくって進めていかなければなりません。

薬師院
しかも協定書の中には、大阪都も都構想も、一文字も出てこないのですよ。全く関係がない話だったのです。それなのに大阪維新の会が展開した賛成運動は、大阪都構想というバラ色のイメージへの賛否を問うものに住民投票を誘導するものでした。

一方で、希望を感じることもありました。

維新のPRは、府外からもたくさんの運動員が投入され、ものすごい物量作戦でした。「圧倒的多数で可決だろう」という観測が、3ヶ月前から言われていました。

ところが蓋を開けてみれば、一般の人が手書きの反対チラシを用意してコンビニでコピーして配り始める、というような光景がありました。

あれは初めての経験で、政治参加というものはもっと掘り起こせるのではないかと、可能性を感じました。

尾辻
皆さんが手作りのポスターを作って、家の前に貼ったり、本当に何かしたいと考えて、個人が「自分がやらなくちゃ」という思いで活動していたというのは、新しい動きでした。

薬師院
私が天王寺で街宣に参加した時は、学生風の若いカップルがハンドマイクを握っている姿が印象的でしたね。

尾辻
運動の中で新しいつながりができました。

立憲民主党大阪府連「都構想」ポータル、薬師院仁志さんインタビュー

薬師院さん「賛成か反対か争わせた住民投票で、市民が分断されてしまいました」

賛成か反対か ─ 分断を促すリーダーの罪

薬師院
とはいえ、住民同士を争わせたことは、住民投票がもたらした大きな問題点でした。

市長は、いろんな立場の市民が協力しあって自治体を発展させるために、一見バラバラな市民をひとつにまとめるリーダーのはずです。しかし当時の橋下徹市長は、分断してしまった。

都構想に賛成か反対かに市民を分断し、お互いに争わせたのです。しかも自分は、賛成派のリーダーとして反対する市民を「既得権益者」として攻撃しました。これは大きな罪だと思います。しかも先程お話したとおり、大阪市が廃止されることも多くの人は知りませんでした。

尾辻
事実すら知らされないまま、分断されてしまったわけですね。

薬師院
例えば、新潟県巻町(現・新潟市西蒲区)では原発建設の是非を問う住民投票が、1996年に行われました。

原発にはリスクがある、しかし電源三法で原発を建てると交付金が出る。その事実を踏まえて、反対か賛成かを住民に問うたわけです。建設反対の人たちも投票が有利になるからと言って「交付金はもらえなくなる」などという嘘は言わないわけです。これをやったらルール違反だからです。

一方で3年前の住民投票では、「大阪市は廃止」「特別区は政令市よりはるかに権限が小さい」「大阪都にはならない」といった明白な事実が、意図的に隠ぺいされました。普通の住民投票ではありえないようなことが行われていたのです。

そもそも大阪市の廃止は維新が突然提起したもので、市民からの要望があったわけではありません。市民不在の提起なのです。

立憲民主党大阪府連「都構想」ポータル・薬師院仁志さんインタビュー

尾辻議員「議論がふわっとしていた。
そもそも住民投票にふさわしいテーマだったのか疑問です」

尾辻
そもそも、住民投票になじまないテーマだという意見もあります。

私が難しいと感じたのは、大阪市あるいは大阪府という制度の話は、なかなか実感をもって伝えづらいということでした。

人の価値の問題、例えば安楽死とかそういう話であれば自分事として考えられるんですが、水道なら蛇口をひねれば清潔な水が出てきてくればいいわけで、供給が大阪市でも大阪府でもいいじゃないか、となる。切実でない分、すごくふわっとしていたという気がします。

また、住民投票を迎えるまでの手順があまりにも乱暴すぎました。

薬師院
議会における合意形成のプロセスが全く欠落していました。ひとつの街をつくるのにどっちが多いか、どっちが勝つか、という多数決の論理だけを全面に出して進めるのは大きな間違いです。

立憲民主党大阪府連「都構想」ポータル・薬師院仁志さんインタビュー

熟議を捨てた「決められる政治」

尾辻
改めて、都構想や維新政治の問題点についてお聞きしたいと思います。

薬師院
2つあると思います。

ひとつの側面は、維新にとって都構想でなくてもよかったということ。話題と注目を集め、改革をしているというイメージをもたらす看板があればよかった、ということです。

2011年の統一地方選で、大阪府議会では維新が単独過半数を取ったものの、大阪市会、堺市議会では取れなかった。そこで当時の橋下府知事は、都構想は一端白紙と表明しました。自分たちだけで過半数を取らなければ進められない、誰も賛成しないという前提ということです。

第1党として粘り強く主張していくという姿勢ではなく、ぱっと白紙。改革のパフォーマンスを演出できるのであれば、都構想でなくてもよかったということでしょう。

もうひとつは単純化です。さまざまな人と粘り強く協議するのではなく、「司令塔を一本化する」。「決められる政治」という言葉をよく目にしますが、熟議を軽視する表れでもあります。

例えば私立高校を無償化するにしても、私立高校には府県境を超えて通学する高校生はたくさんいる。そうした高校生との公平性はどう担保するのか、そういった議論は顧みられません。◯か×かに単純化されてしまいます。

この話題性と単純化こそが維新政治を「劇場型政治」や「ポピュリズム」と批判する理由ですが、どうしてこういう政治に多くの市民の支持が集まったのか。市民の自主的な活動が大阪市廃止の歯止めとなったこととの比較で、この点を掘り下げて考えていく必要がありそうです。

※後編に続く


薬師院仁志プロフィール:
帝塚山学院大教授。京都大大学院教育学研究科博士後期課程(教育社会学)中退。京大助手、帝塚山学院大専任講師、同助教授を経て現職。主な専攻分野は社会学理論、現代社会論、教育社会学。著書に『民主主義という錯覚』(PHP研究所)など多数。近著に『ポピュリズム-世界を覆い尽くす「魔物」の正体』(新潮社)。